このページの要点
- 契約の型は、単独の保守契約、基本契約+注文書、人の稼働を提供する準委任(SES)、定額サポートの4つ。型ごとに厚く書く条項が違う。
- 開発の後に保守を結ぶなら、保守契約の中で開発の不具合対応の期間・賠償の上限を決め、開発の手直しを保守の枠に算入しない。
- 受託側・委託側・個人のエンジニアで、そろえる書類の組合せが変わる。交渉用の書面は先方用と手元用を分冊にする。
- 本文・個別条件表・別紙・注文書が食い違ったときの優先関係と、個別契約の成立のしかたを決めておく。
結論:保守・運用・SESの契約は「何を約束しないか」から組み立てる
システムやWebサイトの保守、社内ITの運用、エンジニアの稼働を提供するSES(システムエンジニアリングサービス。エンジニアの作業時間や稼働を単位に技術支援を提供する契約の通称です)は、どれも「完成品を引き渡す」仕事ではありません。契約が終わるまで、毎月、同じ相手との間で問い合わせ、作業、報告、請求が繰り返されます。そのため契約書には、開発の契約とは違う種類の約束が並びます。月額の中に何が入っているか、何時から何時まで対応するか、障害が起きたら何をするか、稼働時間が想定を超えたり下回ったりしたらどう精算するか、契約が終わるときにデータやアカウントをどう返すか、です。
アトラス行政書士法人がこれまで作成・レビューしてきた保守・運用・SESの契約書を並べてみると、紛争の芽になるのは、書いてある義務よりも、書いていないのに相手が「当然含まれる」と考えている期待のほうです。「保守」「運用」という言葉は法律用語ではないので、定義がなければ社会通念で解釈され、受託者にとっては「障害は起きないはず」「すぐ対応してくれるはず」「セキュリティ事故も防いでくれるはず」という期待を背負わされる方向に働きます。事務所が保守の契約書を組むときは、まず「保証しないこと」「月額に含まないこと」「別の契約にすること」を決め、そのうえで月額の範囲を回数と時間で書く、という順番をとっています。
このページでは、事務所の書類に現れる契約の型と、立場ごとにそろえる書類、ヒヤリングで最初に確かめる項目を整理します。個々の論点は、保守範囲の決め方、SLA・対応時間、SESの精算幅、終了時の引継ぎなどの各ページで掘り下げます。システムを新しく作る開発の契約(請負・検収・開発成果物の著作権)は、アプリ・システム開発の委託契約書(姉妹サイト)で扱っています。
事務所の書類に見える4つの型と、その変形
保守・運用・SESの契約書は、形のうえでは次の4つの型に分けられます。どの型を選ぶかで、契約書に厚く書くべき条項が変わります。
| 型 | 典型的な場面 | 厚く書く条項 |
|---|---|---|
| 開発の後に保守契約を単独で結ぶ型 | 見積書と個別の合意で開発を終えたあと、同じベンダーが保守を引き受ける | 従前の開発の扱い(不具合対応の期間・賠償の上限)、保守範囲、バックアップ |
| 基本契約+個別契約(注文書)型 | 継続的に複数の案件を発注・受注する。類型(準委任か請負か)は注文書で決める | 個別契約の成立のしかた、類型の記入欄、基本契約と個別契約の優先関係 |
| 人の稼働を月額・時間で提供する準委任型(SES) | エンジニアが顧客の案件に入り、月の稼働時間で精算する | 精算幅、時間単価、稼働報告と承認、作業場所、指揮命令の線引き |
| 定額サポート型 | Webサイトの保守や社内ITの相談を月額で受ける | 月額の中身(回数・時間・対応時間)、範囲外の料金、停止の条件 |
このほか、運用代行(準委任)とツールのモニター開発と保守月額を1本にまとめた契約や、SaaSの利用と導入支援を1本にまとめた契約もありました。1本にまとめる場合は、部分ごとに類型と責任の範囲を書き分けます。
2つ目の基本契約+個別契約の型では、基本契約そのものは請負でも準委任でもなく、類型は注文書で決める作りにすることがあります。依頼者の下書きを事務所が全面的に改稿した開発等基本契約のレビューでは、総評として「責任の配分の多くを個別契約に委ねているので、個別契約を工程・類型ごとに正確に作り込めるかどうかで、基本契約の保護が実際に働くかが決まる」と書きました。注文書の型を準委任版・請負版・工程ごとに類型を分ける複合版の3つ用意し、準委任版には報告物の欄、作業場所のチェック欄、想定稼働時間の欄を置いています(準委任と請負の書き分け)。
3つ目のSES型には、顧客企業から業務を受けた仲介会社が、その一部を受託法人に回す二層構造の契約もありました。顧客企業、仲介会社、受託法人の三者が関わるので、受託法人が顧客企業に直接の契約上の義務を負わないことや、顧客企業との直接取引の禁止の期間が論点になります(再委託と直接取引の禁止)。
性質の違う業務を1本にまとめる一体型では、部分ごとに類型・料金・終わり方を書き分けます。運用代行とアプリのモニター開発と保守を1本にした契約では、運用の委託が続いている間はアプリの保守料を別に請求せず、運用の委託が終わった後もアプリを使い続けるなら月額の保守料を払う、という形で料金をつなげました。ホームページの管理とSNSの更新管理を1本にした契約では、SNSの業務だけをやめる場合の料金を最初から書いています。生成AIの業務支援のサービスでは、面談のオプションは本体なしでは契約できず、本体が終われば同時に終わると定めていました。どの部分が終わったら、どの部分の料金と義務がどうなるのかを書いておかないと、一部だけをやめるときに契約の全体を作り直すことになります。
開発の後に保守を結ぶとき:従前の開発の扱いを保守契約で決める
開発の段階で基本契約を結ばず、見積書と個別の合意で開発を進め、納品後に同じベンダーと保守契約を結ぶ、という順番は珍しくありません。保守ベンダーが自社の保守契約書の原案を持ち込んだ案件では、原案の第1条1項が「本契約は独立した契約であり、別の基本契約の締結を前提としない」としていました。事務所のレビューは、開発段階に基本契約がない実情に合っていて合理的だと評価しています。そのうえで、保守契約の中で「従前の開発業務」を定義し、保守契約が明示的に定めた事項以外は、開発のときの見積書・提案資料・発注・請求の合意を変更しない、と書いています。
保守契約の中で開発について決めたのは、主に次の3つです。
- 開発の不具合(契約不適合)について責任を負う期間を、個別条件表に記入した「不具合対応期間」(この案件では納品日から6か月)に通知されたものに限ること。ただし、ベンダーが不適合を知りながら告げなかった場合は除く。
- その期間内に仕様との不適合が通知されれば、ベンダーの責めによる部分は無償で直し、その対応は保守の月額に含まれる「月1件・月合計1時間」の不具合修正の枠に算入しないこと。
- 開発に起因する損害の賠償は、開発代金を上限とし、保守に起因する損害の上限とは分けること。
1つ目について、レビューは、請負の担保責任の期間は民法637条1項で「注文者がその不適合を知った時から1年以内」の通知が基準であり、納品日から6か月という固定の期間は注文者に不利になると指摘しています。事業者どうしなら契約で定めることは有効と考えられますが、開発のときの条件からの不利益な変更になるので、顧客に説明して理解を得ておくよう勧めました。悪意の場合を除く但書は、同条2項の趣旨に沿っています。
2つ目は、保守契約ならではの書き方です。開発の不具合を直す作業と、保守として月額の枠内で行う不具合修正が同じ枠を食い合うと、開発の不具合(契約不適合)を保守料で直していることになり、顧客は不満を持ち、ベンダーは枠を使い切って赤字になります。どちらの作業かを条文で切り分けておくと、作業報告でも説明しやすくなります。開発の契約の側で同じ接続を用意しておく方法もあり、事務所が改稿した開発等基本契約では、検収後の契約不適合の期間が過ぎたあとの修補・調査は保守契約か別途の有償対応によること、契約不適合責任と保守契約はそれぞれ独立して適用され、操作支援・監視・バックアップ・外部環境の変更への対応・機能追加は保守契約か別途の合意によること、と定めていました。
立場別にそろえる書類
同じ保守・SESの契約でも、受託側(保守ベンダー・ITサポート事業者・個人のエンジニア)と委託側(システムを使う会社・エンジニアを受け入れる会社)では、用意する書類の組合せが違います。事務所が実際に作った組合せは次のとおりです。
| 立場 | 書類の組合せ | ねらい |
|---|---|---|
| 受託側(保守ベンダー) | 保守契約の本体+個別条件表+別紙「保守サービス一覧」 | 金額・開始日・不具合対応期間など案件ごとの数字を個別条件表に出し、本文は共通にする |
| 受託側(開発も保守も受ける会社) | 基本契約+注文書3型(準委任版・請負版・複合版)+相手方への説明資料+交渉用の譲歩条項案 | 相手方から修正を求められたときに、どこまで譲るかを事前に段階で用意する |
| 委託側(制作会社がフリーランスに出す) | 基本契約+個別発注書の様式+運用説明書 | 個別発注書をフリーランス法3条の取引条件の明示に兼ねる。運用説明書で現場の担当者に指示の出し方を伝える |
| 委託側(業務の自動化を外部のエンジニア会社に頼む) | 業務委託契約+秘密保持契約+外部AIサービスの利用に関する確認書 | アカウントの名義、外部AIへのデータ送信の範囲を、本体と確認書で分けて管理する |
| 個人のエンジニア(相手方の契約書を受け取った側) | レビュー報告書→先方に出す修正のお願い(説明資料・新旧対照・メール文案)と、手元用の交渉ガイド付き新旧対照を分冊 | 譲歩のラインを書いた書面は先方に送らない |
最後の分冊は、個人の副業エンジニアが相手方から時給制の業務委託契約書を示された案件で作ったものです。修正の理由を説明する資料と、どこまで譲れるかを書いた交渉ガイドを1つの書面にすると、そのまま転送されたときに交渉の手の内が相手方に渡ってしまいます。先方に出す書面と手元に置く書面を、最初から別ファイルにしておくのが安全です。
交渉用の譲歩条項案は、相手方から修正を求められそうな条項ごとに、譲歩の大きさを「小・中・大」に分けて、あらかじめ条文の形で用意しておく書面です。開発等基本契約の案件では、検収の期間を延ばす案を【小】、契約不適合の期間を延ばす案や再委託を事前通知制にする案を【中】、再委託を承諾制にしたうえで合理的な理由のない拒否を禁じる案や、秘密保持・個人情報の違反だけ賠償の上限を別枠で引き上げる案を【大】としました。保守・SESの契約でも、再委託、賠償の上限、解約の予告期間などは修正を求められやすいので、どこまでなら受けられるかを事前に決めておくと、交渉の場で即答できます。
ご相談と回答 契約書をそろえる段階で聞かれたこと
相手方から「原案のまま締結して、気になる点は運用で配慮します」と言われました。応じてもよいですか。
副業エンジニアの時給制の契約のレビューでは、この提案は受けないよう助言しました。原案には、契約書が当事者間の合意のすべてであるとする完全合意の条があり、メールや口頭で「配慮します」と言われても、契約の内容としての効力を持たないからです。修正を反映した契約書のデータ(又は覚書)で電子締結する手順をとりました。
個人で保守を受けています。届出をしていない屋号を契約書に書いてもよいですか。
個人のHP制作者のひな形では、「(屋号)こと(氏名)」と表記する形を採りました。契約の当事者は個人なので、氏名を必ず併記します。個人名義の口座に屋号を併記した請求書も差し支えないと回答しています。
契約書の作成を頼む前に、何を整理しておけばよいですか。
事務所の提案書では、受託側か発注側か、相手方の規模(取適法やフリーランス法がかかるかどうかの判断に使います)、自社の雛形を使うのか相手方の書式を使うのか、そして作業の進め方(常駐かリモートか、再委託があるか)を最初に確かめています。最後の点は、準委任として書けるのか、派遣との線引きが問題になるのかに関わります。
ヒヤリングで最初に確かめること
保守・運用・SESの契約書を作る前に、事務所はヒヤリングシートで次のような事項を確かめています。いずれも、条文の形を決める前提になる事実です。
ヒヤリングで確かめること 保守・運用・SESの契約の前提
- 受託者は個人か、屋号のある個人か、法人か。インボイスの登録はあるか。従業員や他の役員はいるか。フリーランス法の特定受託事業者に当たるかどうかで、発注側の義務(取引条件の明示、支払期日、解除の予告)が変わります。
- 完全リモートか、一部でも常駐があるか。指揮命令や勤務時間の拘束をどの程度予定しているか。準委任と労働者派遣の線引き(偽装請負の問題)に直結します。指揮命令と偽装請負のページで扱います。
- 契約の類型は請負か準委任か、フェーズによって混ざるか。業務範囲に含めない事項は何か。含めない事項を先に聞くと、範囲外の作業を条文で列挙できます。
- 既存のシステムやアカウントにアクセスするか。付与するIDや権限の範囲、ID・パスワードを一時的にでも預かる場面はあるか。預かるなら管理と返却・破棄の条項が要り、預からないなら招待方式などの設計に変わります。
- データはどこに保存されるか。委託先のサーバーやクラウドか。終了時に返してもらう必要はあるか。終了時の引渡しの形式と順序を決める前提になります。
- 不具合で業務が止まった場合にどうしてほしいか。早朝・夜間・休日の対応を期待するか。対応時間と一次回答の目安、常時待機を保証しない旨の書き方が決まります。
- 月の稼働目安を超えた場合はどうするか(超過単価で精算/事前相談/翌月へ繰越し)。稼働時間はどう報告するか。月額と作業時間の上限、精算の条項の形が決まります。
- 更新日までに返事がない場合は、自動更新か、保守終了か。自動更新しない設計を選ぶ場合は、意向確認の通知の回数と時期を決めます。
- 緊急連絡先は誰か。長期の入院などで連絡が取れなくなったとき、データの引渡しをどう実現するか。一人で保守を受ける事業者では、連絡不能時の解約と承継の手段が条文になります。
- 賠償の上限の希望(例えば直近数か月分の報酬まで)と、賠償責任保険の加入状況。保険に入っていれば、上限の設計と保険の補償範囲を合わせて考えられます。
本文・個別条件表・別紙・注文書の関係を決めておく
保守契約は、本文のほかに、金額や開始日を書く個別条件表、月額の範囲を一覧にした別紙、案件ごとの注文書など、複数の書面で構成されることが多くなります。書面どうしが食い違ったときにどれを優先するかを決めていないと、別紙の一覧表の一行を根拠に「これも月額に含まれる」と主張されることがあります。
保守ベンダーの保守契約では、範囲の条文で「本条と別紙が食い違うときは本条を優先する」とし、別紙の冒頭にも同じ注記を置いていました。原案では個別条件表と別紙の両方に月額保守料の欄があったので、別紙からは月額の行を外して個別条件表に一本化しています。開発等基本契約では、個別契約で基本契約と違う定めを置くときは、変更する基本契約の条項を個別契約の特記事項に明示した場合に限り、その範囲で個別契約を優先する、という書き方をとりました。注文書の自由記入欄に何気なく書いた一文で、基本契約の責任の上限や再委託の条件が書き換わることを防ぐためです。
個別契約の成立のしかたも、継続的な取引では重要です。商人が平常取引をする者から営業の部類に属する契約の申込みを受けたときは、遅滞なく諾否の通知を発しなければならず、怠ると承諾したものとみなされます(商法509条)。開発等基本契約では、個別契約は受託者が書面又は電磁的方法で明示的に承諾した時に成立し、沈黙は承諾とみなさないとして、商法509条2項の承諾の擬制を適用しない旨を定めていました。発注書が送られてきて、返事をしないうちに作業の義務が生じた、という事態を避ける書き方です。
1個別契約は、甲が個別契約の内容を記載した注文書を乙に交付し、乙が書面又は電磁的方法によりこれを承諾した時に成立する。乙が承諾の意思を明示しないときは、承諾したものとはみなさない。
2甲及び乙は、個別契約の成立について商法第509条第2項の規定を適用しないことを確認する。
3個別契約において本契約と異なる定めをするときは、変更する本契約の条項を個別契約に明示するものとし、明示した場合に限り、その範囲で個別契約の定めを優先する。
開発等基本契約にあった考え方を、保守・SESの基本契約でも使える形に整理したものです。
起きがちなこと:全体像で押さえておきたい場面
どの型でも、最初に「約束しないこと」を決め、次に月額や時間の範囲を数字で書き、最後に終わり方を決める、という順番で組み立てると、運用の途中で範囲が膨らむことを防げます。
よくあるご質問
保守契約は、開発の契約とは別に結ぶべきですか?
別に結ぶのが基本です。開発の段階で基本契約がない場合は、保守契約を独立した契約とし、その中で開発の不具合対応の期間や賠償の上限、開発の不具合の修正を保守の枠に算入しないことを決めておく方法があります。
SESや常駐の契約は、1本の契約書で足りますか?
継続的に複数の案件があるなら、基本契約と個別契約(注文書)に分けるのが一般的です。業務の内容・範囲・成果物の要否・期間・報酬は個別契約で定め、基本契約には共通のルール(秘密保持・再委託・賠償・解除など)を置きます。
本文と別紙のサービス一覧が食い違ったら、どちらが優先しますか?
契約書に優先関係を書いておかないと、争いになります。保守範囲の条文で「本条と別紙が食い違うときは本条を優先する」と定め、別紙の冒頭にも同じ注記を置く例があります。
注文書が送られてきて返事をしていない場合、契約は成立しますか?
商人が平常取引をする相手から営業の部類に属する契約の申込みを受けたときは、遅滞なく諾否の通知を発しないと、承諾したものとみなされます(商法509条)。基本契約で、個別契約は受託者の明示の承諾で成立し、同条2項を適用しないと定めておく方法があります。
相手方の契約書に修正を求めるとき、何を渡せばよいですか?
修正の理由を説明する資料、新旧対照、メール文案などを先方用にまとめ、どこまで譲れるかを書いた交渉用の資料は手元用として別の書面にしておくのが安全です。
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